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大阪高等裁判所 昭和61年(う)943号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中北龍太郎、同中村真喜子、同菊池逸雄連名作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官酒井清夫作成の答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  外国人登録法一八条の二第四号、一三条一項等の規定が憲法、国際人権規約に違反する旨の論旨について

(論旨の概要)

論旨は要するに、

「外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外国人登録法)は、一三条一項において、一六歳以上の外国人につき市町村の長が交付した外国人登録証明書を常に携帯していなければならない旨を規定し、これに違反した者に対しては、同法一八条の二第四号により二〇万円以下の罰金に処する旨の罰則を置いているが、右外国人登録証明書常時携帯義務の規定は、憲法一三条、一四条及び二二条一項等の諸規定並びに国際人権規約に違反するものであるから、かかる違憲・無効の規定を被告人に適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈・適用を誤つた違法があり、破棄を免れない。

すなわち、① 外国人登録法(以下、「外登法」という。)上の外国人登録証明書(以下、「外登証」または「登録証明書」という。)常時携帯制度は、同法一三条二項所定の提示義務制度(提示義務に違反した者に対しては、同法一八条一項七号により一年以下の懲役もしくは禁錮または二〇万円以下の罰金に処せられる。)と不可分一体の関係に立つものであるが、まず、常時携帯制度は在日外国人の多様な行動の全般にわたり、何事にも優先して外登証の携帯を要求するものであり、外国人は旅行・通学・通勤・買物などあらゆる日常的な外出に際し常に外登証の所持を確認しなければならないという不断の精神的緊張と心理的負担を強いられ、その結果行動の自由に重大な制約を受けるとともに、外登証には二〇項目の登録事項の記載と写真・指紋欄があり、その大部分は、私的事項・個人情報に属するところ、官憲の要求があると常にこれを提示しなければならず、そのため、在日外国人はあらゆる場面において、官憲に対し写真・指紋及びその他の私的事項の開示を強制され、そのプライバシー権は重大な侵害をこうむる結果となつている。これらの諸点に照らすと、外登証常時携帯制度が憲法一三条で保障されている外国人の人格権・プライバシー権・行動の自由等私生活の自由を享受する権利を著しく侵害していることは明らかである。② 更に、外国人は前示常時携帯義務を課せられている結果として外出時には外登証携帯の有無を確認することに神経を使う必要があるだけでなく、外出先で不携帯に気付いた場合、外登証を取りに戻るか、第三者に持参してもらわなければならず、その移動・移転の自由に著しい制約を受けており、これに徴すると、同制度が憲法二二条一項で保障されている基本的人権を侵害するものであることも明白である。③ 一方、常時携帯及び提示制度は、外登法上外国人の公正な管理に必要であるといわれており、原判決もこの点を強調しているが、そもそも外国人に対する公正な管理を行うに当たつて常時携帯制度が何故必要であるのか、その具体的・実質的な理由が全く示されていない。等しく、居住関係・身分関係を適確に把握する必要性という点からいえば、日本国民に対する住民基本台帳法・戸籍法と外登法とは同一の立法目的を有すると解されるところ、日本国民については身分証明書の常時携帯制度等が課せられておらず、この点にかんがみると、外登法上の右各制度が、『外国人であつても、合理的な理由なくして差別されず、内国人と平等な処遇を受ける』内外人平等の原則(憲法一四条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二六条)に反することは明らかといわなければならない。④ 原判決は、前示のような外登法の憲法上の問題点について、在日外国人に対する公正な管理のため、その動態の正確な把握が必要であるところ、右把握の方法として、登録を受けている者と当該人物との同一性の確認を行ううえで、外登証には写真等のほか万人不同・終生不変の指紋が押なつされていることを挙示しているが、本人の指紋を強制的に採取できない以上、同一人性確認のための指紋照合をなし得ず、更に、指紋照合には専門的な技術を要することを考えると、指紋が押なつされている外登証の提示を受けたとしても原判示のごとく正確な同一人性の確認が可能であるとはいい得ないのであり、原判決のいう立法目的は実効性を欠く形式的な理由にとどまり実質的な合理性を有しないものである。⑤ 他方、旅行者など短期在留の外国人の場合はともかく、被告人のようにその生活の殆どの部分で日本国民と同様の立場にある定住外国人に関しては、外国人についての平等原則が特に重視されなければならず、したがつて、かかる被告人に対し常時携帯義務違反の罰則規定を適用することの違憲性はいつそう明白といわなければならない。⑥ 更に、常時携帯制度の憲法上の問題点を考察するに当たつては、その運用の実態などにも目をくばる必要があるところ、いまや、同制度は、存在価値のない押なつ指紋のある外登証を提示させ、結果的にはこれを治安目的に利用するための制度となつており、在日外国人の居住関係・身分関係、その動態の正確な把握等という抽象的・形式的な立法目的を根拠に、同制度の合憲性を論証することは許されないといわなければならない。」というのである。

(当裁判所の判断)

一所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、外登法の定める登録証明書の常時携帯制度ないしこれと不可分一体の関係にある同証明書の提示義務制度をもつて、所論憲法の各法条及び国際人権規約に違反するものではないとした原判決の憲法判断には、その結論において誤りがなく、したがつて、この点に関し原判決に所論指摘のような法令の解釈・適用を誤つた違法はない。以下、その理由を明らかにする。

二我が国は、在日外国人と主権国家としての日本国、その国民及び他の外国人との間に生じる権利・義務の関係などさまざまの問題を適切・迅速に処理するとともに、在日外国人に対する関係で出入国管理行政をはじめ教育・福祉・徴税等種々の施策を講ずるなど、在日外国人について時宜に即した管理を行わなければならないが、右のような管理を公正迅速に遂行していくためには、当然のことながら、我が国に在留するすべての外国人につき、その個別性、在留資格、居住地等を明瞭確実に把握し得ることが必要であつて、外国人登録制度はその前提を整えるものということができる。

そこで、外国人登録制度の基本法である外登法の構造を概観すると、同法は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであるが、右目的を達成・実現する手段として、① 本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係に関する事項を登録原票に登録させ、かつ、これの記載を正確に維持することによつて、右居住関係・身分関係を記録のうえで把握できるようにするとともに、② 登録を受けた外国人に登録事項を記載した登録証明書を交付し、常にこれを携帯させ、入国審査官等法令に定める者がその職務の執行にあたり提示を求めた場合には、これを提示させることとして、その居住関係・身分関係を即時的にも把握できるようにするという、二つの基本的構造をもつている。そして、右登録証明書には、外登法四条一項所定の二〇項目の登録事項、すなわち、登録番号、登録年月日、氏名、出生年日日、性別、国籍の属する国における住所または居所、出生地、職業、上陸した出入国港、旅券番号、旅券発行の年月日、上陸許可の年月日、在留資格、在留期間、居住地、世帯主の氏名、世帯主との続柄、勤務所または事務所の名称及び所在地、市町村長の職・氏名が記載されるとともに、貼付写真及び押なつ指紋欄がある。

三ところで、憲法一三条は、我が国が個人の尊重、人間の尊厳を基調とする民主主義国家であることを明らかにしたうえ、私生活上の自由・権利についての最大限の尊重をひろく国民に保障しているが、こうした個人尊重の原理は、その趣旨・性格に徴し、単に我が国民のみならず、外国人に対しても等しく及ぶべきものであり、外国人の私生活上の自由についても、その地位の特性から生ずる特段の制約に反しない限り、日本国民同様に保障されることはいうまでもない。この点は、法の下の平等を規定する憲法一四条に関しても全く同様であつて、我が国も批准している所論国際人権規約における内外人平等の原則の趣旨にかんがみ、特に慎重な配慮を要するというべきである。

四所論は、外登法上の常時携帯制度によつて、在日外国人はあらゆる日常的な外出に際し外登証の所持を確認しなければならないという不断の精神的緊張と心理的負担を強いられ、行動の自由に重大な制約を受ける旨主張する。

そこで、この点について考察するのに、外登法一三条一項、一八条の二第四号は、在日外国人に対して外登証の常時携帯義務を課するとともに、これに違反した者を二〇万円以下の罰金に処する旨規定しており、したがつて、人により、あるいは、場合によつて、所論指摘のような精神的緊張と心理的負担を余儀なくされることは、これを否定できない。しかしながら、同法は直接在日外国人の行動の自由等を制約する目的のもとに、その自由自体を規制する規定を設けているわけではなく、外登証の常時携帯を義務づけられている限度で、外国人は間接的・付随的になにがしかの負担を負うというのに過ぎず、外登証を携帯している限り、所論行動の自由を享受することにいささかの制約・圧迫を受けるものではないし、別の観点からすれば、他国に在留する外国人であつても、外登証を携帯し必要な場合にはこれを提示するなどの方法をとりさえすれば、その在留資格を明らかにできるという意味では、一般的な資格証明書と共通した側面をもつものということもできるのであつて、基本的には、前示行動の自由に重大な制約を課することを理由として憲法一三条違反をいう所論は採用できない。もつとも、外登法一三条一項が「常に」という文言を用いているからといつて、例えば、自宅近くでの散歩、あるいは、近所の店での日用品購入の目的での外出等のような場合にまで同条項を機械的・形式的に適用することが許されないことはいうまでもなく、同条項を適用すべき範囲にも、おのずから一定の合理的な限度が存するといわなければならない(この点については、のちに構成要件該当性ないし違法性に関する論旨に対する判断の部分で述べることとする。)。

所論はまた、外登証の記載事項及びそこに貼付・押なつされている写真・指紋等の大部分は私的事項・個人情報に属するところ、在日外国人は、常時携帯制度と不可分一体の関係に立つ提示義務制度のもとにおいて、これらの私的事項等の開示を強制され、そのプライバシー権が重大な侵害を受ける結果となつている旨主張する。

よつて、この点に関して検討するのに、確かに外登証には所論私的事項ないし個人情報ともいうべき内容が記載・記録されていることは所論指摘のとおりであるが、外登法一三条二項は入国審査官等一定の限られた国または地方公共団体の職員が、その職務の執行に当たつて必要な場合に限り、登録証明書の提示を求め得ることとしており、更に、前示記載・記録の内容は、これを知られることそれ自体によつて直ちに個人内部の身体的・精神的構造や機能、私生活の実態、人格、思想・信条などが知られるものではないから、これら提示要求をすることができる主体及びその要件に関する制限、登録証明書の記録内容の性質等をあわせ考えると、外登証提示義務制度が設けられているからといつて、いまだ所論のいうプライバシー権など私生活の自由を脅かされるとは即断できず、所論は採用できない。

以上を要するに、常時携帯制度が憲法一三条で保障されている外国人の行動の自由・人格権・プライバシー権など私生活の自由を享受する権利を侵害するものであるとの所論は理由がない。

五次に、所論は、常時携帯制度のもとにおいては、外出先で不携帯に気付いた場合外登証を取りに戻るか、第三者に持参してもらわなければならず、結果的に、憲法二二条一項で保障されている移動・移転の自由に顕著な制約を受ける旨主張するのであるが、外登証の交付を受けている外国人に対し、その外出時に登録証明書の携帯を失念しないようその確認を求めることは、通常の事態を想定する限り、いまだ社会通念に照らし甚だしい無理を強いるなど著しく苛酷な要求であるとは考えられず、したがつて、所論はその前提において失当というべきである。

六所論は更に、原判決は、外国人に対する公正な管理を行うに当たつて常時携帯制度が何故必要であるのか、具体的・実質的な理由を示していない旨論難するとともに、身分証明書の常時携帯を義務付けられていない日本国民の場合と比較すると、外登法上の常時携帯制度は憲法一四条の「法の下の平等」の原則ないし国際人権規約にうたわれている内外人平等の原則に反する旨主張する。

まず、常時携帯制度の必要性に関する所論について考察するのに、外登法上の常時携帯制度が設けられて以降、年月の経過とともに、我が国を取り巻く国際的な環境が改善され、かつ、国際交流が活発化し、国内の経済・雇用・治安など諸般の状況も安定するに至つたこと、国際的な交流を促進するためにも、できる限り外国人に課せられた義務の軽減・緩和を図るべきであるとの要請が強いことなどの諸点に照らせば、常時携帯制度の必要性が一見弱まつたかのように見られる余地もないではないが、他方では、未だに不法入国者が根絶されておらず、特に不法就労外国人の増加が見逃せない問題となつていること、その他、外国人による犯罪の多発、国際的テロ行為の発生を含め、外国人の出入国・在留にからんで各種違法事犯の摘発・予防に困難な問題が生じている実情等を総合考慮すると、外国人に対する公正な管理を図るため、その居住関係・身分関係等を適確に把握する必要性はなお現存しており、本件当時はもとより、現在においても、常時携帯制度が必要かつ合理的な制度であることを肯認するに足りる具体的・実質的な理由を認めるのに十分であつて、この点に関し、原判決が説示するところは、結論において相当であり、所論は採用できない。

次に、憲法一四条など平等原則に違反する旨の所論について検討する。

日本国民について、その居住関係及び身分関係を明確にすることを目的としている住民基本台帳法及び戸籍法が外登法法上の外登証常時携帯制度に準ずる制度を設けていないことは所論指摘のとおりである。しかしながら、法規の制定・適用等の面で何らかの不均等があつても、その不均等が社会通念上合理的な根拠に基づくものであり、かつ、必要なものと認められる以上は、これをもつて憲法一四条に反するものといえないことは当然であるところ、国民と外国人との区別は憲法自体が認めているものであつて、両者の間にはその法的地位に基本的な相違があるから、その居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする点で共通するとはいえ、外国人に対する関係で外国人登録制度を設け、登録証明書の携帯等を義務付けることに前示のような必要性・合理性が存する限り、市民的及び政治的権利に関する国際規約二六条等の趣旨を十分考慮に容れても、所論のいう憲法一四条違反の問題を生じないことは言をまたないところである。この点についての所論も採用できない。

なお、所論は、被告人のような定住外国人については、法の下の平等の原則が特に重視されなければならない旨主張するが、定住外国人といえども、我が国民との間で法的な地位に基本的な相違が存することに変わりはなく、しかも、いかなる要件を具備する者を「定住外国人」として、その余の外国人居住者と区別し、その居住関係・身分関係を明確にするのにどのような制度を設けるのが相当であるかを決するのは、国内の政治・経済・社会などの諸事情、国際情勢・諸国との外交関係等各般の事情を総合勘案して、国益保持の観点からなされるべき合目的的な判断であつて、かかる判断は立法府の合理的な裁量に委ねられているといわなければならない。したがつて、法の下の平等の原則の適用に関し、いわゆる定住外国人について特別の配慮を求める所論には同調しがたい。

七所論は、原判決が、外登証には写真のほか指紋が押なつされており、したがつて、当該の人物と登録を受けている者との同一人性の確認を適確になし得る旨説示している点を論難し、本人の指紋を強制的に採取できる法的な手当がない以上は、そもそも指紋の照合すらなし得ないうえ、指紋の照合には専門的な技術を要することなどを総合すると、指紋が押なつされている外登証の提示を受けても正確な同一人性の確認が可能とはいえず、原判決のいう常時携帯制度及び提示義務制度の立法目的には実質的な合理性が認められない旨主張する。

そこで、指紋が、登録される外国人を特定し、爾後人物の同一性を確認し得る最も確実な手段であること、指紋押なつ制度が替え玉使用などの不正登録を事前に防止し正確な外国人登録を維持するうえで相応の実効性を有すること等の諸事情を念頭においたうえ、所論の当否を検討するのに、なるほど、外登法自体、同一人性の確認のため随時強制的に指紋を採取し得る手続を予定していないことは所論のとおりであるものの、指紋の採取につき対象者ないしその関係者らの任意の協力を得られる場合、あるいは、衣服・所持品などに付着している指紋を利用して照合を行い得る場合などもあること、最終的には専門的な技術を用いなければ厳密な意味での指紋の同一性の確認が困難であるとしても、比較的鮮明に押なつされている二個の指紋の映像を対比照合して明らかに同一指紋の映像と認められないものを識別する作業等であれば、特段の専門的な知識経験を必要とはしないこと等にかんがみると、所論の主張するごとき理由から直ちに常時携帯制度及び提示義務制度の必要性を否定することはできず、所論は採用できない。なお、所論は指紋押なつ制度の違憲性についても種々主張しているところ、本件当時の外登法が規定していたように、新規登録の場合だけでなく、登録証明書の引換交付・再交付・五年毎の確認申請などの機会に、その都度一律に指紋の押なつを要求していたことが、憲法上全く疑義を容れる余地のないものであつたか否かは見解の分かれるところであるものの、本件は不携帯罪の成否が問われている事案であること、及び、裁判所の有する法令審査権の及び得る範囲などに徴し、不携帯罪成否の判断に必要な限度で、常時携帯制度及びこれと密接な関係をもつ提示義務制度の合憲性を審査すべき案件であるから、外登証に押なつされている指紋が同一人性確認の手段として実効性を有するものかどうかという論点に対する以上のような当裁判所の見解を示すにとどめ、これ以上指紋押なつ制度の一般的な憲法適否についての考察にまでは立ちいらないこととする。

八所論は更に、常時携帯制度運用の実態に照らすと、同制度は治安目的に利用するための制度と化している旨主張するが、原審及び当審で取調べられた関係各証拠を検討すると、常時携帯制度の運用状況に関し、所論に沿う見方に立つて同制度を批判する種々の著述や報告等が公けにされている事実は、これを認め得るものの、かかる事実をもつて直ちに外登法上の常時携帯制度が基本的に所論指摘のような治安目的に利用されていると即断することは許されず、所論は採用できない。

九以上のとおりであるから、外登法一八条の二第四号、一三条一項等の規定が憲法、国際人権規約に違反する旨の論旨は理由がない。

第二  構成要件不該当及び違法性の欠如をいう論旨について

(論旨の概要)

論旨は要するに、「外登法一三条一項は、その文言上、在日外国人に対し、『常に』外登証を携帯することを求め、いやしくも不携帯の事実が認められる以上は、画一的・機械的に右法条の構成要件を充足するかのような体裁となつているが、常時携帯制度が外国人の有する憲法上の自由権を侵害し、更には内外人平等の原則に違反するおそれの強いこと等に照らせば、同法条の適用範囲に合理的な制約を加えることが必要であつて、たとえ形式的に外登証不携帯の事実が認められる場合であつても、外登法一条所定の立法目的を貫徹・実現するうえでやむを得ない場合に限り同法条に該当するものと解すべきであるところ、本件被告人の場合には、外登証こそ携帯していなかつたものの、学生証・運転免許証を所持していたのであるから、これら証明書の記載内容及び貼付写真等によりたやすく被告人の居住関係・身分関係等を把握し、同一人性を確認することが可能であつたと認められ、このような場合には外登法一三条一項の構成要件に該当しないものというべきである。また、仮に構成要件該当性が是認されるとしても、被告人は定住外国人であり、学生証・運転免許証など優に外登証に代替し得る証明書を所持していたばかりでなく、本件不携帯に至る事情・経緯、被告人住居と不携帯発覚の場所との距離的・場所的関係等諸般の事情に徴すると、特に刑罰を科さなければならないほどの実質的な違法性を肯定することは許されないものといわなければならない。してみると、これら構成要件該当性・違法性を積極に肯認した原判決には、法令の解釈・適用を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。」というものである。

(当裁判所の判断)

一そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件事案の概要は、次のとおりである。

1  被告人は、一九六一(昭和三六)年六月二九日北海道室蘭市〈住所省略〉(以下、「実家の住居」という。)において、韓国人夫婦の長男として出生した韓国人であるが、同市内の小中学校を経て函館市内の××高校に進み、昭和五六年四月私立○○大学法学部に入学するとともに、大阪府吹田市〈住所省略〉所在の△△マンション一九号室(以下、「下宿先」ともいう。)で単身下宿生活を送り、本件当時は同大学の三回生であつた。なお、被告人は、同年四月二二日同府吹田市長の発行にかかる外登証の交付を受け(在留資格は協定永住許可による。)、右交付当時の登録居住地は、前示下宿先の所在地とされていたが、その後同五七年三月六日、そのころ春休みを利用して自動車運転免許取得のため室蘭市内の自動車教習所で教習を受けるに際し、右登録住居地を実家の住居に移転する手続をとり、本件当時の外登証には右実家の住居が被告人の登録居住地として記載されていた。

2  ところで、被告人は、外登法上外登証の常時携帯義務が課せられているのを熟知していたことから、外登証の交付を受けて以降、外出の際にはその携帯を失念しないよう心がけていたが、本件当日、午前一〇時から始まる第二時限の授業を受けるため下宿先を出ようとした際、外登証が見当たらず、これを捜してみたものの発見できなかつたので、右授業時間との関係上、やむなく不携帯のまま下宿先住居を出て、いつものとおり大学に赴いた。

3  その後、被告人は大学で受講したのち、当日午後七時ごろ友人らと国鉄(当時)環状線鶴橋駅構内でおち合う約束をしていたので、その約束の場所に出向き、しばらく友人らと喫茶店で時間を過ごし、午後八時三〇分過ぎごろ友人二名と大阪市東成区玉津方面に赴き、午後八時五〇分ごろから、用意していた韓国学生同盟のビラに糊づけして電柱に貼りつけるなどしていた。

4  そのうち、付近を警邏中であつた東成警察署所属の警察官・池正幸(巡査部長)ほか一名が被告人らの挙動に不審をいだき、午後九時ごろ同区玉津二丁目二一番三〇号付近の路上において、被告人及び前示・友人らに職務質問を行うべく、被告人らの住所氏名を問いただしたのに対し、被告人は一時これを言い渋つていたが、数分間のやりとりのすえ、前示下宿先住居等を告げた。そこで池巡査部長は、被告人が「韓国学生同盟」との記載があるビラを小脇にかかえているのを認めたことから、東成警察署に無線連絡を行い、同署警備課外事係主任の警察官・中島修一(巡査部長)ほか一名が現場にかけつけ、同巡査部長が被告人の所属団体などを確かめたのち、外国人であるか否かを質問したのに対し、被告人はこれを肯定したので、中島巡査部長において外登証の提示を求めたところ、被告人がこれを所持していない旨答えたため、同巡査部長の指示に基づき、午後九時二〇分ごろ池巡査部長が被告人を外登証不携帯の現行犯人として逮捕した。その後被告人はもよりの警察官連絡所に同行されたすえ、同所において中島巡査部長から所持品の提出方を求められたので、○○大学学長名義の昭和五八年度身分証明書(以下、「学生証」ともいう。)及び大阪府公安委員会名義の運転免許証などを提出し、中島巡査部長がこれらを見分したが、間もなく右連絡所に到着したパトロールカーで東成警察署に連行された。

なお、右学生証には、被告人本人の写真が貼付されているほか、被告人の学籍番号、氏名、生年月日、住所、発行年月日、通学区間、通学定期乗車券発行控(発行年月日・通用期間・発行駅名の各記載がある。)、学生証有効期間などが記載されており、運転免許証には、貼付写真のほか、氏名、生年月日、本籍国籍、住所、交付年月日、有効期間、免許証番号などの記載がある。

5  被告人は、右逮捕当夜東成警察署に留置されて取調べを受け、翌日午後四時過ぎごろ釈放されたのち、下宿先に戻り、あらためて外登証の所在を捜したところ、たまたま数日前友人の結婚披露宴出席の際着用した背広ポケットに入れたままであるのを発見し、翌一四日これを持参して東成警察署に出向き、係官にこれを提示した。

二外登法一三条一項本文は、「外国人は、市町村長が交付し、又は返還する登録証明書を受領し、『常に』これを携帯していなければならない。」旨規定しているところ(以下、同条項と同法一八条の二第四号の罰則とをあわせて、「本件罰則」ともいうことがある。)、先に憲法違反の論旨に対する判断の部分で述べたように、外登法は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住関係・身分関係を明確にし、在留外国人の公正な管理に資することを目的とするものであり、この目的を達成・実現する手段として、登録を受けた外国人に、登録事項が記載され、写真・指紋欄のある登録証明書を交付し、常にこれを携帯させ、法令に定める者から求められた場合にはこれを提示させることとして、その居住・身分関係を即時的に把握できるようにするため、常時携帯制度及び提示義務制度を設けているのであるが、このような法の趣旨に照らすと、提示を求められた際、たまたま登録証明書を携帯していなかつた場合であつても、僅かな時間的余裕さえ与えられれば登録証明書を提示し得るような場合であるとか、登録証明書の提示以外に当該外国人の居住関係・身分関係を明らかにできる特段の事情があつて、その不携帯に至る経緯・事情、違反の態様、当該外国人の年齢・身分、生活圏の範囲など諸般の事情を総合的に考察し、あえて外登証不携帯の罪に問擬し刑罰を科するまでの必要が認められないような場合などには、いまだ本件罰則の構成要件に該当しないか、あるいは、実質的な違法性を欠くものと解する余地があるというべきである。

そこで、これを本件についてみるのに、被告人はたまたま友人の結婚披露宴に出席する際着用し、平素は着る機会の少なかつた背広の内ポケットに外登証を入れていたため、その所在を失念し、これを捜し出すのに手間取るうち、受講すべき授業の開始時刻に遅れるのを懸念し、やむなく登録証明書不携帯のまま登校したもので、形式的には不携帯罪の故意犯といわなければならないが、犯情は過失犯に近く、受講の機会を逸するという犠牲を払つてでも外登証を発見するまで外出・登校を差し控えるべきことを要求するのは、酷に過ぎると考えられること、被告人は警察官らから外登証の提示を求められた際には不携帯の事実を率直に認めるとともに、前示警察官連絡所において所持品の提出を促されるや、学生証及び運転免許証を任意に提出しているところ(なお、右提出の時期・場所等に関しては、被告人の供述と警察官・池正幸の原審証言との間に相違する点がある。)、右運転免許証及び学生証はその文書としての性質及び発行者の社会的信頼性に照らし被告人が不法在留者でない事実を公的に証明するだけの信用性を備えているものと評価でき、かつ、貼付写真などによつてその証明書等の名義人と被告人との同一性を優に確認し得ること、更に、これらの文書の記載事項などにかんがみると、比較的容易に被告人の居住関係及び身分関係を正確に把握することができ、おおむね外登証に代替するに足りるものといい得ること、当時の被告人の居住地と本件検挙現場とは必ずしも近距離とはいえない(関係証拠によれば、電車を利用して約一時間ばかりを要する距離関係にあると認められる。)ものの、同現場も被告人の生活圏内もしくはこれに準ずる程度の場所とみられなくもなく、現行犯として逮捕された関係上、被告人において外登証を警察署に持参して警察官に提示したのが検挙の翌々日となつているが、その間の一連の経過に徴すると、身柄拘束という事態がなければそれよりもかなり早い時期に提示し得たとも考えられることなど本件にみられる諸般の事情を総合考慮すると、本件当日授業後下宿先に戻つて登録証明書を捜し出すよう努力する時間的余裕が全くなかつたわけではないことを参酌しても、被告人の外登証不携帯については、本件罰則の構成要件に該当することまでは否定できないにせよ、刑罰を科するだけの実質的な違法性を肯定することにはなお疑問が存することを否定できない。してみると、指紋が押なつされていない運転免許証・学生証は外登証に代替できるものでないとしたうえ、違法性の程度も軽微とはいえないとの理由から、構成要件該当性はもとより違法性に欠けるところがないと説示し、被告人に対して有罪を言渡した原判決には、法令の解釈・適用を誤り、あるいは、法的評価の前提となる事実を誤認した違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある(なお、所論は、本件不携帯の可罰的違法性は著しく軽微であつて、起訴価値を有しないことが明らかで、本件公訴の提起は公訴権の濫用に当たり無効というべく、したがつて、本件は公訴を棄却すべき事案に該当すると、可罰的違法性の存在を前提とする主張もしているが、前示のとおり本件被告人の所為は実質的な違法性を欠如し無罪を言渡すべきものであるから、右所論については特に判断を示さないこととする。)。

第三  結論(破棄自判)

以上のとおり、本件控訴は前示第二の論旨が理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して更に次のとおり判決する。

本件公訴事実は、「被告人は、外国人登録証明書の交付を受けている韓国人であるが、昭和五八年五月一二日午後九時二〇分ごろ大阪市東成区玉津二丁目二一番三〇号付近道路において、右登録証を携帯していなかつたものである。」というものであるところ、先に説示したとおり、被告人の所為は外国人登録証明書不携帯の罪の構成要件に該当するが、違法性を欠くものというべきであるから、刑訴法三三六条前段にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官角谷三千夫 裁判官白川清吉は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官石田登良夫)

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